当院の役割

 

徳之島出身の徳田創設者が徳洲会を立ち上げた経緯

院長 飯田 信也
 徳之島出身の徳田虎雄創設者が6歳くらいのとき、父親の不在時に下の弟の具合が悪くなり、医師を呼ぼうとしたが往診に来てもらえず、翌朝死亡した出来事がありました。それがきっかけで、誰でも診る医師を志したのです。徳之島から大阪の今宮高校へ進み、大学に三浪して合格、努力は報われると確信して医師になり、将来的には離島で患者さんを診るという目標を持っていました。
 離島で診療をしたいと考えていたから、まず外科の医局に入局して脳外科や整形で訓練して、10年目で開業。そして、都会に大きな病院を作って、そこから離島に派遣することを考え、徳田病院を開設しました。いつでも誰でも診る、救急車は断らないことがモットーです。近隣の市町村でも話題になって病院を増やしていくうちにマスコミでも話題になり、福岡や神奈川など、大きく展開することになりました。

鹿児島徳洲会病院とは

 「徳洲会」といえば全国に名の通った病院グループです。救急を断らない、24時間365日OPEN、だから医師にとってはとにかく忙しい病院だという印象を拭い去ることができません。けれども、ここ鹿児島徳洲会病院では、近くに救急病院もあり、激務というほど忙しいわけでもなく、離島での診療を楽しみながら勤めている先生方も多くいらっしゃいます。
 大学にいると上がつかえていたり、国立病院で何かやろうとしても、看護師や検査技師が夜中は居なくてやりたいことができないことがあります。けれど、この鹿児島徳洲会にはそういった上下関係がなく、実力があって医師としての良心があれば迎え入れる土壌があります。大学も関係なく、信念を理解して共感してくれたらドクターも受け入れ、ドクターがやりたいようにやれる環境を提供していきたいと思っています。
 徳洲会は、人口に対して医師が手薄なところに作るのが徳洲会の定石ですが、鹿児島は離島に医師を供給する為に、都会のど真ん中に作りました。鹿児島だけは、創設者が生まれた徳之島も含めて、たくさんの離島の医療を担う責任があります。
 離島の徳洲会病院にも、きちんと機器やスタッフが揃っており、素晴らしい医療を実践しています。その症例だけではなく、患者さんや家族と向き合って診療にあたっていますので、将来開業したいと思っている医師にとっては最高の環境ではないでしょうか。大学では専門科目に特化していますが、特に離島に勤務するとどんな症例でも診ることができるようになります。開業していきなり専門外の症例を診なければいけない状況になるより、青い海やサトウキビ畑を見ながら通勤して、地域の患者さんに向き合い、どんな症例でも診ることができる医師になるのも、医師にとってひとつのライフプランとして、いいのではないでしょうか。



メリット詳細図

徳之島徳洲会の医師達